ベンチャーキャピタルのB Dash Ventures(東京・港)が17~18日に開いたイベントで対談した久多良木健氏と孫泰蔵氏。話題は孫氏の実兄であるソフトバンクの孫正義社長が力を入れるロボット、久多良木氏の古巣であるソニーの”再生策”へと広がった。最初は世間から受け入れられなくても、起業家のクレージーな(常軌を逸した)考え方が世界を変えるきっかけになるとの見方で一致した。
「ロボット『ペッパー』、カギはクラウド」
――ソフトバンクのロボット事業をどう見ますか。
久多良木氏「ソフトバンクが『ペッパー』を19万8000円で販売してしまうのもすごいが、カギはインターネットを通じてクラウドにつながるところだとみている」
孫氏「非常に難しいテーマだが、孫正義がやりたいことをよく表現している。自分で『こういうコンセプトでいきたい』と意気込んでやっているそうだ。情報革命で人々を幸せに、というのがソフトバンクのキャッチコピーなので、感情認識して、究極的には愛を感じたり、与えたりできるようにしたいのだろう」
久多良木氏「最近、日本は人口が減少するので、ロボットを導入すればいいという話になった」
孫氏「(正義氏は)3000万台のロボットを導入すれば、人間の3倍働くので、1億人相当という話を披露した。クレージーだが、クレージーなビジョンから物事は変わっていくというのがある。そのことに対するものすごい突っ込みがあるというのを知りながらも、センセーショナルな言い方をわざわざ選んでいる」
久多良木氏「孫(正義)さんを存じ上げているが、本当に尊敬する。一連のロボットの話を見ていると、やはりロマンチストだと感じる。これは非常に大事なことで、人間にはロマンが大事だし、それが物事を突き動かす大きな力になる」
「目先のことよりも、夢を皆で語ると同時に、もっと声を上げてやってみようと提案したい。格好悪い、難しいなど思うかもしれない。言い出すと『本当ですか』と言われるが、本気になってやろうとすると、何かが起きる」
孫氏「兄や久多良木さんの世代は大きいビジョンを持ち、それを実現してきた。自分たちももっと頑張らなくてはいけない。最近は精神の部分でスケールが小さいようでは駄目だと思っている」
「ここにいる人も、目先のこととして新しいスタートアップを立ち上げていくのも大事だが、同時にスケールの大きなものを考え出す、世の中を変えるということをしてほしい。現在、IT(情報技術)は最も革新的なことが起こる分野で、自分にも大きなことをやるべきだと言い聞かせている」
「2030年を考えるとわくわくする」
――どのような考え方で家庭用ゲーム機「プレイステーション(PS)」の開発を始めたのでしょうか。
久多良木氏「(事業を始めるきっかけは)人によって異なるが、自分の場合はおおよそ15年くらいの単位で物事を考え、さらに5年単位に区切っている。なぜかと言うと、いきなり15年後の話をすると皆、『やっていられない』『あなたとは付き合っていられない』と逃げてしまうからだ」
一方、1、2年ではどうしても、中期計画のようになってしまう。5年だと『こんなことができるようになる』と言っても周囲は否定するのが難しい。このため、まず5年くらいのスパンで考えて初代PSを出し、さらに、2、3と続けた。今でも15年先、2030年などのことを考えると、とてもわくわくする」
「私の好きなフューチャリスト(未来予測学者)のひとりに、レイ・カーツワイルさんという方がいる。彼によると、2029年に1000ドルで買えるコンピューターが人間1人分の知識と思考能力を持つそうだ」
「これは恐ろしいことだが、よくよく考えてみると現在は、パソコンなど端末だけの時代ではない。米グーグルや米フェイスブックなどはデータセンターに、はるかに大きな投資をしている。つまり1000ドルという価格に縛られなければ、時間を加速できるということだ」
「こうした企業はロボットやディープラーニング(深層学習)、人工知能(AI)、ヒューマンマシンインターフェースといった分野で買収合戦を繰り広げているが、背景には29年を待たなくても、様々な技術が実用化されるという読みがあるのではないか」
「だから、ただ座って話を聞いているだけではなく、すぐにでも行動に移してほしい。もちろんPSの時もそうだったが、段階を踏む必要がある。一足飛びにいろんなことができるわけではない。それでも大きな枠組みでものを考えながら、次の大きな夢を実現した方がいい。目先のことばかり考えていてはもったいない」
「国家レベルのインフラ、やろうとすることがとてつもない」
――孫さんの目から見てスケールが大きい人物は誰ですか。
孫氏「グーグル(の創業者)、(米電気自動車=EV=メーカー、テスラ・モーターズの最高経営責任者=CEO=などを務める)イーロン・マスクさん、そして(中国の電子商取引=EC=最大手、アリババ集団を設立した)ジャック・マーさんだ」
「アリババは間もなく新規株式公開(IPO)するといわれており、時価総額は20兆円くらいになりそうだとの見方が出ている。報道によると10%程度の株式を売り出し、約2兆円を調達するそうだ。この資金の使い道について、興味深い話を聞いたことがある」
「米国はアマゾン・ドット・コムやイーベイといった有力企業があるにもかかわらず、コマース(商業)全体に占めるECの割合は7%にすぎない。一方、中国はこの比率が5割程度といわれている。それだけECが浸透しているものの、遅配が頻繁に起きるなど物流には課題がある」
「ジャックはこれを変えたいと思っているそうで、注文した商品が新疆ウイグルから北京まで24時間以内に必ず到着する、つまり中国全土どこでも24時間以内に届くような物流ネットワークをつくりたいと考え、ずっと真剣に検討してきたそうだ」
「中国には100万人規模のトラック運転手を抱える物流会社が6社あり各社は反目し合っているが、各社のビジネスに占める割合が大きいアリババのジャック・マーさんが声をかけると一堂に会するそうだ。各社の重複を解消し、さらに全国に20カ所くらいのターミナルをつくり、全てに飛行場、高速鉄道網、高速道路を引き込み、そこをハブにしてローカル配送のネットワークをつくる構想と聞いている」
「国家レベルのインフラ整備の話を一企業がやろうとしており、ジャックさんはとてつもないスケールだと思う。やれるかどうか、お金の問題でもなく、やろうとするということがとてつもないと思っている
「ソニーを立て直すより新会社をつくる」
――ソニーの凋落(ちょうらく)を残念に思っている。もしお2人が社長としてソニーを立て直すとしたら、どうしますか。
久多良木氏「企業はそもそもどうやってできるかというと、創業者たちの熱意と、思いがあって、それをもとにつくられていく。ソニーは井深(大)さんと盛田(昭夫)さんの思いがあって、六十数年前につくられて、いろんなことをやってきた。だが、思いを単に引き継いでいくだけでは、ソニーに限らず、おもしろくない」
「やりたいことがあったら、自分たちでスタートアップを興し、そこでやればいい。アリババも(中国ネット大手の)テンセントも、グーグルやフェイスブックだって20年前にはなかった企業だ。皆、やりたいことがあって、会社をつくっている」
「そこにずっといて、『グーグルで30年働き続けました』というのも大変なことだが、わくわくしない。たとえば、イーロン・マスクはやりたいことだらけだ。(EVだけでなく、宇宙ベンチャーの)米スペースXを立ち上げ、自分ではやらないとは言いつつも米サンフランシスコと米ロサンゼルスを結ぶチューブ型の高速交通システムの構想も明らかにした。EVの特許を公開するのもすごい話だ。こうした連中がどんどん出てきてほしい」
「別にソニーに愛があるとかないというわけでなく、やりたいことがあれば企業をつくればいいと思う。SONYでなくても、新会社をつくれば済む話だ」
「カンブリア爆発とルネサンスが起きる」
――孫さんはいかがですか。
孫氏「久多良木さんはクリエーター、イノベーターだ。立て直すっていう発想自体がマイナスからのスタート。久多良木さんの若かりし時はやっと8ビットのチップができたとか、基本ソフト(OS)のMS-DOSが動いたとか、UNIXはどうかとかそういう時代だった。それから20、30年かけて現代にたどり着き、ここから先はカンブリア大爆発のように多様な、考え得る限りのあらゆることが実現できるようになる。ジュラ紀からカンブリア紀に移行する生命大爆発的というタイミングでは、いままでのものをどう立て直すかという発想では制約が出てしまい、おもしろくない」
久多良木氏「カンブリア大爆発という話が出たが、確かに多様性の爆発がおこりつつある。コンピューターや半導体、情報システムなどのICT(情報通信技術)が誕生してわずか50~60年で、人類の歴史のごくわずかを占めるにすぎない。それにもかかわらず、これだけのことが起こった」
「実はこれまでのことは、次に行くための準備期間だったとも考えている。これから起こることはカンブリア爆発であると同時に、ルネサンスだ。僕らがついこの前までいたところは、ソニーも含め、基本的に中世だった。これからのルネサンスを仕掛けようとしている人たちは米シリコンバレーだけでなく、中国、インド、イスラエルなど世界中にいる。ここにいる方たちもいつまでも中世にとどまるのではなく、早く飛び出て、わくわくするものを皆でやってほしいと思う」
「AIよりも好奇心を」
――最後に若い起業家にメッセージを。
孫氏「久多良木さんの話を聞き、日々の活動をしっかりやるのはもちろんだが、それだけに忙殺されるのはよくないと改めて思った。船で航海をしている時、すぐ前にある波ばかり見ているとあたふたするが、『あの位置に到達してみせる』という遠くの目的地を見据えれば細かいノイズのような波は視界に入らず、絶対にぶれない。これは兄がよくする話だが、きょうはそういうことをふと思い出した。自分自身の刺激になった。皆さんも実践してほしい」
久多良木氏「好奇心が一番大事だ。好奇心を失うというのは基本的には死に近づいていることだと思うし、逆に好奇心が旺盛だとコミュニケーションが活発になる。日々の仕事で大変だと思うが、そういうときこそ好奇心を持って様々なものを吸収してほしい」
「世界の中には好奇心の塊みたいな人が山ほどおり、最も危ないのはAIだ。AIは見方を変えれば好奇心の塊であり、将来は彼らの好奇心が人間を超えるかもしれない。それを避けるためにはやんちゃである必要がある。AIはやんちゃな、予測不能な相手には弱いからだ」
「能力のある人が一歩踏み出さない、というのが一番悪いことだ。『いい子』になりすぎず、一歩踏み出した方がいいし、どうせやるならなるべく大きな失敗を早く経験すべきだ。この中から第2のジェリー・ヤン(米ヤフー創業者)やジャック・マー、セルゲイ・ブリン(グーグル創業者)が出てくることを期待している」
(企業報道部 奥平和行)